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富山地方裁判所 昭和54年(ワ)207号 判決

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら(請求の趣旨)

1  富山家庭裁判所が同裁判所昭和五四年(家)第四五八号遺言書検認事件につき昭和五四年八月七日検認した遺言者亡清水市郎右エ門の自筆証書による遺言(以下、「本件遺言」という。)は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告ら(請求原因)

1  原告清水ひでは遺言者亡清水市郎右ェ門(以下、「遺言者」という。)の妻、原告清水英市は右両名の長男、被告清水恒一は同じく二男、被告島倉幸子は同じく三女、被告島崎良夫は本件遺言の遺言執行者である。

2  遺言者は、昭和四九年一一月一六日作成の別紙(一)記載の遺言書(以下、「遺言書(一)」という。)及び昭和五二年九月二二日作成の別紙(二)記載の遺言書(以下、「遺言書(二)」という。)をもつてそれぞれ遺言をなし、富山家庭裁判所は昭和五四年八月七日同裁判所昭和五四年(家)第四五八号遺言書検認事件として右各遺言書の検認をなした。

3  しかしながら、次の理由により本件遺言は無効である。

(一)(1) 遺言書(一)には昭和五二年九月二二日追加遺言書である遺言書(二)を作成した旨の付記及びこれについての遺言者の署名押印がなく、また、遺言書(二)にも昭和四九年一一月作成の遺言書(一)に対する追加遺言である旨の付記及びこれについての遺言者の署名押印がない。

(2) 本件遺言はその内容・体裁に照らし明らかに遺言書(二)をもつて遺言書(一)を追加補充したものである。そして右両遺言書は両者あいまつて一つの遺言としての意味をもつものであるから、結局のところ、遺言書(二)は遺言書(一)に対して加除その他の変更を加えたものというべきところ、右(1)記載のとおり遺言書(一)及び(二)は民法九六八条二項に定められた方式によらず加除その他の変更をなしたものであるから、本件遺言は無効である。

(二) 遺言者は、原告清水英市との間で、昭和三五年五月三日、左記のとおり死因贈与契約を締結した。

(1) 原告清水英市は遺言者に対し、同原告が訴外三菱倉庫株式会社に在職中毎月三、〇〇〇円以上をその月の一五日までに送金し、さらに年二回の定期賞与金の半額を贈与する。

(2) 同原告が右債務を履行した場合は、遺言者はその遺産全部を遺言者の死亡と同時に同原告に贈与する。

原告清水英市は右契約締結後昭和五三年三月三一日に訴外三菱倉庫株式会社を退職するまでの間右契約条項に従つて遺言者に対し毎月の送金を続けてきたから遺言者の死亡によつて原告清水英市は遺言者の全遺産を贈与により取得した。従つて、遺言書(一)、(二)による遺贈は相続財産に属さない権利についてなされたものであるから、無効である。なお、民法一〇二三条は死因贈与について準用されるべきものではない。

よつて、原告らは被告らに対し、本件遺言の無効確認を求める。

二  被告ら(請求原因に対する認否及び主張)

1  請求原因第1、第2項、第3項(一)(1)の事実はいずれも認める。その余の請求原因事実は争う。

2  仮に請求原因第3項(二)主張の死因贈与契約がなされたとしても、右契約はその後になされた本件遺言によつて取消されたものとみなされる(民法五四四条による同法一〇二二条、一〇二三条の準用)から、原告らの右主張は理由がない。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因第1、第2項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで本件遺言に原告ら主張の無効事由が存するか否かについて判断する。

1  民法九六八条二項の方式違反の主張について

請求原因第3項(一)の事実は当事者間に争いがない。民法九六八条二項は、自筆遺言証書中の加除その他の変更は遺言者がその場所を指示しこれを変更した旨を付記して特にこれに署名しかつその変更の場所に印を押さなければその効力がない旨定めているが、右はその文書から明らかなように、一通の遺言書中の加除訂正その他の変更につき厳格な方式を定め、もつてその変造等を防止する法意であると解すべきところ、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば遺言書(一)及び(二)はそれぞれ別箇の遺言書であつてそれぞれ民法九六八条一項に定める方式で作成されていることが認められるから、原告ら主張のように遺言書(二)が遺言書(一)の追加変更を内容とするものであるとしても、民法九六八条二項はこのような場合に同法一項の要求する厳格な方式に加えてさらにそれぞれの遺言書に追加変更の遺言書を別に作成した旨あるいは追加遺言書である旨の付記及びこれについての遺言者の署名押印を要求しているものとは解されない。原告らの主張は独自の見解というべく採用できない。

2  死因贈与契約を理由とする無効の主張について

そもそもこのような無効事由の主張が本件のような遺言無効確認訴訟において許されるか否かについては、遺言無効確認訴訟の性質、その許される理由、確認の利益等の観点から疑問の存するところであるが、その点はしばらくおき請求原因第3項(二)の主張について判断することとする。

死因贈与には遺贈に関する規定が準用される(民法五五四条)結果、贈与者は受贈者に対する意思表示によつていつでも死因贈与を取消すことができる(同法一〇二二条)し、死因贈与と贈与後の遺言とが抵触する場合には、抵触する範囲において死因贈与は取消されたものとみなされることになる(同法一〇二三条一項)と解すべきである。この点に関する原告ら主張の法解釈は独自の見解であつて採用できない。

以上の法解釈を前提にして検討するに、仮に死因贈与契約が原告ら主張のとおり昭和三五年五月三日に締結されていたとしても、その後に本件遺言がなされたことは前記認定のとおりであるから、本件遺言と死因贈与契約とが抵触する場合にはその抵触する範囲において死因贈与契約は取消されたものとみなされることになる。従つて、原告ら主張の死因贈与契約の存在によつて本件遺言が無効となる余地はないものというべきである。

以上のとおり、本件遺言には原告ら主張の無効原因が存するものとは認められない。

三  よつて、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

別紙(一)

遺言書

本籍及住所 富山県中新川郡立山町浦田一〇四六番地

清水市郎右エ門

遺言者清水市郎右エ門は左記のとおり遺言する。

一、小生所有にかかる別紙物件目録記載の物件は次男清水恒一及び次女島倉幸子(共有)に遺贈する。

二、墓地、墓石及び仏壇祭〓共用物は次男恒一が承継する。

三、小生所有のその他の不動産は妻ひで子、長男英市、次男恒一及び次女幸子が法律上の相続分の割合により相続し、平和裡に遺産分割すること

四、恒一夫婦は祖先を敬い清水家の繁栄をはかりひで子、英市、幸子はこれに協力すること

五、清水家の住宅の修理費等の保存費及び税金公費は恒一が負担すること

六、小生死亡後恒一は退職後適当な時期に清水家に入家しひで子と同居すること

七、それ迄の間ひで子は右住宅の管理をすること

八、恒一はひで子の生活を扶助し老後平和に暮し得るよう取計らうこと

九、ひで子及び幸子は小生死亡後近日中にその相続財産を恒一に遺贈する様遺言状を必ず作成すること

一〇、遺言執行者を弁護士島崎良夫(富山市東中野町二ノ一ノ六)を遺言執行者に指定する。

昭和四九年一一月一六日

中新川郡立山町浦田一〇四六番地

清水市郎右ェ門

(以下省略)

別紙(二)

遺言追加書

小生所有の左記の田地を小生の次男清水恒一、三女島倉幸子に私死亡後に遺贈します。

(物件の表示省略)

右のものを恒一と幸子の共有とすること

昭和五二年九月二二日

立山町浦田一〇四六番地

清水市郎右エ門

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